2025/06/05

1on1立直し

“型”が人を変え、組織を変えた1on1浸透戦略|だいこう証券ビジネス

株式会社だいこう証券ビジネス 代表取締役社長 藤井 公房 氏

(研修プログラム推進責任者)

事業内容 だいこう証券ビジネスは、野村総合研究所(NRI)グループの企業である。証券・金融業界に特化した高品質なアウトソーシングサービスを提供しており、証券バックオフィス業務、証券会社設立支援、金融商品取扱業務などを幅広く手掛ける。60年以上の実績を持ち、金融機関の業務効率化とDX推進を支援している。
企業規模 661名(連結従業員数・2025年3月末現在)

導入前の課題
  • 1. 現場における関係性と対話の質
    BPO業務では若手社員と年上の派遣スタッフが共に働く場面が多い中、立場や遠慮から率直な対話が生まれにくく、ミスの潜在化や悪循環が起きていた

  • 2. 管理職の1on1スキルの属人化と限界
    役員が自己流で試行したものの、効果にばらつきがあり、継続的に組織全体へ浸透させるには、共通の「型」と訓練が不可欠だという認識が高まった

導入サービス
  • 1on1実践トレーニング®︎
  • 1on1実践サポート

導入後の効果
  • 1on1実践トレーニングの導入により、管理職の対話力が向上し、現場での信頼関係が強化された。小さなミスや課題が早期に共有されるようになり、深刻なトラブルの未然防止につながっている。部門を超えた協働や学びの循環も生まれ、組織全体の主体性と対話文化が着実に根づき始めている。

はじめに

金融業界においてBPOとITを融合させ、業務品質と信頼性を強みとするだいこう証券ビジネス。同社では、グループ創業100 周年を迎える2057年も、社会から存在意義を認められる企業としてあり続けるために、これからの将来像を明確にする「DSB Group Vision 2057」を制定しています。そのビジョンを実現するために1on1ミーティングを経営的な重点施策として導入されました。

導入初期から役員自らがトレーニングに参加し、現場のマネジメントに1on1文化を根づかせてきた同社が、どのように1on1を活用し、どのような変化を組織にもたらしたのか。今回は、同社 代表取締役社長の藤井公房氏と、人材開発課長の中村雅樹氏に、その全体像と手応えについて伺いました。


変化の時代に“ビジョンでつながる”組織を目指して

──社長ご就任おめでとうございます。新たな経営の舵取りとして、今後どのような組織を目指しておられますか。

藤井社長
ありがとうございます。私は、個人の強いビジョンで会社を導くというよりも、社員一人ひとりが会社のビジョンに共感し、自分自身のビジョンと重ねていけるような、そうした集合知のような組織を目指したいと思っています。

私は社会人としてのスタートを、ちょうどバブル期の終盤に迎えました。世界がグローバル化に向かっていく中で、日本の産業構造は急速に変化し、失われた10年、20年を経験しました。そんな中でも、金融機関は“黒子”として産業や経済を支える役割を果たしてきました。

しかし今、世界は再び分断の時代に入り、価値観や働き方も大きく変化しています。この変化の中で必要なのは、どんな風が吹こうとしなやかに踏みとどまれる“強さ”だと感じています。私は「疾風に勁草(けいそう)を知る」という言葉が好きで、社内でもよく使っています。強風の中でも折れない草のように、困難な状況でも信念を持って行動できる人と組織をつくりたいという思いがあります。

──その思いが、「DSB Group Vision 2057」の策定にもつながったのですね。

藤井社長
はい。2022年にスタートしたこのプロジェクトでは、グループ会社も含めた30名(全体の約5%)が参加し、若手〜中堅を中心に議論を重ねました。背景には、当社のこれまでの変遷があります。もともとは証券の名義書換業務から始まった会社ですが、現在はBPOとITを融合した業態へと変わり、NRIグループの一員にもなっています。

その過程で、多様な出自のメンバーが共存するようになりました。だからこそ「この会社は何のためにあるのか」を自分たちで定義し、ビジョンを共通言語として持つことが重要だったのです。

ビジョン検討では、会社の社会的存在意義であるパーパス、DSBグループが持っている能力、これから備えるべき能力をコア・コンピタンス、会社の指針となる信条、信念である不変的なものをコア・バリュー、そしてビジョン達成のための大胆な目標をBHAGとして定めました。

2023年にこの「DSB Group Vision 2057」を正式に展開し、2024年からはその浸透と実践、そして人材育成へとステージを進めています。若手社員の中には、このビジョンに共感して入社してくれる方も増えています。今では9割近い社員が内容を理解し、“自分ごと”として語れるようになってきたという実感があります。

▲ 「疾風に勁草──変化の時代に折れない組織をつくりたい」と語る、藤井公房社長

1on1導入の背景──関係の質がすべての起点になる

──その組織変革の流れの中で、1on1の導入が始まったのですね。

藤井社長
はい。「DSB Group Vision 2057」の議論を進める中で、現場のコミュニケーションにいくつかの課題が見えてきました。たとえば、BPO業務の現場では、派遣社員の方々や年上のメンバーと若手が一緒に働くことが多く、上下関係や役割認識のズレからコミュニケーションに齟齬が生まれがちでした。

特にトラブルが起きた際に、悪い情報が上に上がってこない、誰が責任を持つかが曖昧になる、といったことが繰り返されていました。こうした状態を変えるには、「関係の質」を改善しないと根本的な解決には至らないと感じました。

その打開策として、経営陣の中でも「1on1」が有効ではないかという声が高まり、私もその考えに賛同していました。ちょうどそのとき、経営幹部の一人が貴協会(JRLA)の「1on1実践トレーニング®」を知っていて、社内導入を提案してくれました。

──「まずやってみる」「ツールから入る」という導入方法もありますが、御社ではしっかりとスキルを高めてから本格展開されています。

藤井社長
はい。実は導入前に、社内で役員4名が「DSB Group Vision 2057」のプロジェクトメンバー30名に対して1on1を実施する「To the Next Stage(TNS)」というプロジェクトを半年間展開しました。それぞれが自己流で1on1を試みたのですが、成果にばらつきが出てしまいました。

やはり、1on1を定着させるには「熱意」だけでは限界がある。スキルや型があってこそ、再現性が生まれると実感しました。そこで、より本格的に実践を浸透させる必要があると判断し、貴協会のトレーニングを採用させていただきました。

▲ インタビューに答える藤井社長(右から2番目)。聞き手はJRLA代表 林英利氏(写真左)

実感した“型”の力──変化を引き出すしくみとしてのトレーニング

──実践トレーニングには社長ご自身も参加されましたね。特に印象に残ったポイントはありますか?

藤井社長
はい、トレーニングの一部を体験させていただきました。中でも強く印象に残っているのは、「グランドルールの読み上げ」と「最後の振り返りの確認」です。

形式的に思えるかもしれませんが、これを省略せず丁寧に行うことで、対話の場の“質”がまったく違ってきます。今でも私は1on1を行う際に、必ずこのルールに立ち戻って実施しています。

──参加された管理職の方々にも、さまざまな変化があったのではないでしょうか。

藤井社長
はい。特に印象的だったのは「部下と仕事以外の話をする意味なんてあるのか?」と疑問を抱いていた管理職が、トレーニングを通じてその重要性に気づき、自身の関わり方を大きく変えていったことです。今ではその方のチームは非常に信頼関係が厚く、困ったことがあれば自然と上司に相談が集まる関係性ができています。

また、もともと「コミュニケーションが苦手」と感じていた人のほうが、実は1on1を定着させていく傾向が強いという発見もありました。得意な人は普段から自然に関係構築できてしまいますが、苦手な人ほど「型」が支えとなって行動が変わっていくのです。

1on1がもたらした“信頼と挑戦”の文化変容

──中村さんは、受講者の様子を間近でご覧になってきたと思います。どのような変化がありましたか?

中村課長
まず、プロの外部メンター(BizMentor®︎)との1on1を体験すると、多くの方が「こんな会話が自分にできたら価値がある」と強く実感されます。また、管理職同士でのセッション練習も非常に有意義です。普段は業務上のやり取りにとどまりがちな同僚同士が、テーマを持って深い対話をすることで、お互いの考え方や背景への理解が深まり、職場の空気も変わっていきます。

トレーニング1期生の修了ミーティングでは、ある方がこんなエピソードを話してくれました。
「普段あまり協力的ではないと思っていた部下が、不平不満を口にしたとき、思わず“君はどうしたらいいと思う?”と問いかけていた。そんな言葉が自分の口から出たことにまず驚いたし、その問いかけに対して、部下が前向きなアイデアを出してくれたことにさらに驚いた」と。

こうした変化は、対話を通じて自分自身の思考や関わり方が変わっていくという、1on1の醍醐味だと感じています。

▲ 「1on1が、現場に信頼と対話の力を育てているのを実感」と語る、中村雅樹氏

“報告件数の増加”は、信頼関係が育った証拠だった

──現場での1on1の定着が進む中で、実際の業務や組織運営にどのような影響が出ていますか?

藤井社長
面白いことに、1on1の取り組みが進むにつれて、トラブルの報告件数が増えました。最初は「これはまずい、品質が落ちているのでは」と思ったのですが、むしろ逆だったのです。

報告が増えたのは、現場に「言いやすい空気」ができたから。隠されていた小さな問題が早期に発見されるようになり、大きなトラブルに発展する前に対応できるようになってきました。

当社では「深掘り会議」という場を設けており、品質管理部を中心に、当事者やその上司が集まってトラブルの原因を掘り下げています。以前は“裁判”のような空気だったのが、今では担当者も率直に状況を共有し、他部署の管理職が前向きな意見を出し合うようになりました。横展開での再発防止も進んでいます。

これらの変化の背景には、1on1を通じて部長やグループ長、役員が現場にしっかり向き合い、問題発生時にも逃げずに解決に向けて動く姿勢を見せていることがあると感じています。

“未来に効く施策”を決断するのは、今この瞬間

──1on1を導入しようとしても「目の前の業務が忙しくて無理だ」という声もよく耳にします。

藤井社長
おっしゃる通りです。どこの会社でも、緊急度の高い仕事が優先されがちです。でも、緊急度と重要度は別物です。

未来のために必要な人材育成や関係性づくりのような施策は、緊急性が低いように見えて、実は最も重要な投資です。だからこそ、経営層が「これはやる」と明確に決断することが必要です。

当社では、ビジョンを本気で実現するには“人と組織の強さ”が必要だと考えました。人口減少も進み、これからの10年が勝負です。優れた人材を採るのではなく、育てる仕組みを持たないと、生き残れないという危機感があります。

──最後に、今後の人材育成の展望と、1on1への期待をお聞かせください。

藤井社長
私たちのBPO事業は、かつては紙を扱う“人の手の仕事”が中心でした。今後はITとAIを活用した新しい業態にシフトしなければなりません。

そのためには、社員一人ひとりが「今やっていることが正解とは限らない」と考え、常に自己変革できるような力を身につけていく必要があります。1on1はそのための“最もシンプルで本質的な装置”です。背景を理解し合い、本音で対話し、お互いを動機づける。それを上司と部下の関係の中で当たり前に行える組織が、きっと変化に強い会社になると信じています。

(聞き手:JRLA代表理事 林 英利)


取材後記:急がば回れの“本質的な組織変革”

藤井社長の「疾風に勁草を知る」という言葉が象徴するように、だいこう証券ビジネスの1on1導入は、時代の変化に応じた“柔らかく、しかし折れない組織づくり”の試みです。

「まずやってみる」でも「IT導入頼み」でもない。対話の型・目的・振り返りを丁寧に積み重ねながら、成果と信頼を育んできたこの実践例は、多くの企業にとってヒントとなるのではないでしょうか。

※本事例中に記載の肩書きや数値、固有名詞や場所等は取材当時のものです。

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