型破りか、形無しか?
今回は私に趣味である居合道と通じる、最近の職場環境について感じていることを書きました。
日本が先進国の中でなぜエンゲージメントが低いのか。
もしかしてこんなこともあるのでないか。「生卵を持つように…」え?
居合道の基本
私は趣味で居合をやっています。全国に多様な流派がありますが、共通する12本の形が基本となります。
個々人が自らを表現して段位があがったり、試合で勝敗がつくのですが、この12本を身につけることが基本になります。
刀の持ち方ひとつとっても、聞くのと実際にやるのは大違いです。
例えば「刀は生卵を持つように、、」と言われても、その体得には時間がかかります。
人間の体も、手の骨ひとつ微妙に人それぞれが異なります(私は怒り肩なので、よく「肩に力がはいっているぞ!」と言われる 笑)。
なので、最終的には「生卵を持つ」意味を自分にあったものに微調整するのですが、簡単ではない。
では、最初から持ちやすいように刀を持てばいいと考えそうになりますが、最初に自由にやっても決して上手く刀を振れず、そのうちに身に染み込んだ間違いの修正にはさらに時間がかかります。
型破りか形無しか
転じて仕事の現場をみるにあたり、仕事場での”形(型)”とは何だろうかと考えることがあります。私が就職したことはバブル好景気時代でした。
先輩はガンガンと自らの仕事方法を叩き込んできます。その型通りにがんばればそれなりに結果が出る時代でしたから、今と時代とは全く異なっていたな、と思います。
不確実性が増して、今までの常識が通じない時代なので、最初から個性重視で多様性の中から型破りな人材を期待していないでしょうか。
そのため、”形(型)”を教えることが躊躇されているのではないかと感じています。
しかし、それでは”型破り”な人材どころか、本質を見失いそうな”形無し”社員を生む危険はないでしょうか。
エンゲージメント
社員のエンゲージメントが低下する傾向にあるという記事が日経新聞にありました。
部門長や経営陣は、社員のアンケートにある不満や不安に対処しようと手をうつこともあるでしょう。
しかし、会社やそのチームのパーパスや存在意義、そしてそれまでの成功体験ややるべきイロハが共有されることなく、闇雲に社員におもねってみても、本質的な改善は厳しいと思います。
最近は、1ON1を取り入れて、エンゲージメントを強化しようとする企業が増えてきています。
本来は素晴らしい結果をもたらすものだと思いますが、それぞれの会社や組織における”型”は何で、それをどう共有するかを経営陣や幹部社員自身が明確にすることが、まず大切だと思います。
その上で初めて、このVUCA時代にあって本質的な課題解決に迫るための”型破り”な人材や発想につながると思っています。
まとめ
居合道に限らず、なんでも基本となるものを理解しているからこそ、型破りな表現や、発想、アクションに繋がる。
会社や組織の本質的な”型”を浸透させることが手薄になってませんか?
まず自分自身の”型”を確認し、その上で型破りを目指していきたいと私は思っています。
さて、私は今日も生卵を持つように刀を持つ稽古に励みます!