相手との距離を縮める「雑談」の勧め
「朝っぱらから無駄話なんかして!」
雑談する部下たちの横をすり抜けながら、私は心の中でそう呟くと、そそくさと自分の席に付いた。
既に届いている100通を超えるメールをさっさと処理しなければ!
「下らない話をしている時間があるなら、昨晩指示したレポートをさっさと提出しろよ!」
心の中で毒づいた。
私は雑談が昔は、苦手で好きにもなれず、そして意義も感じられなかった。
私のエピソード:転職先で出くわす試練
「この経理処理だけど、どうしてこういう計算をしているのですか? 理由とか根拠を教えてもらえますか?」
転職したばかりの外資系企業で、私は部下の女性に問い掛けた。
「海の向こうの内部監査から質問が来ているのです。」
こう説明を加えると少し身構えた彼女は、
「はい、こういう計算式で算出するように前任者から引継ぎました。なのでそれに従って計算しています。何か問題がありますか?」
これ以上問い質しても無駄だと私は口をつぐんだ。
「そうか、入社して一週間余り。我々は未だ『仲間』じゃないんだな。」
経営メンバーや社内システムに関しては少しずつ理解し始めてはいたが、10人の女性部下のことは後回しだった。
そして彼女たちも上司であること以外、私のこと全く知らないのだった。
上司部下の関係の前に
お互いを知り合うために会話の時間を増やそうと、私が先ず始めたのが毎朝の雑談だった。
部下一人一人と毎朝、天気の話や通勤途上での出来事、飼っている犬、同居して母親の愚痴、昨晩早退して観に出かけた歌舞伎の話などなど、仕事とは関係の無い話も含めて、とにかく雑談に時間を費やした。
少しすると、いつもいつも話を聞いてもらってばかりでは申し訳ないと感じたのだろうか、今度は部下の方からこんな問いがなされるようになってきた。
「そういう砂村さんは、週末とかは何をされているのですか?」
「そうですか、日本へ帰ったばかりで娘さんたちも、結構苦労されているんですね!」
職場での上司部下の関係というものは実は、組織の上下関係の前に、お互い見知らぬ人同士という関係から始まっているはずである。
雑談を通じて私は、むしろプライベートな話題を多く提供することにした。
出身地・家族構成・趣味や余暇の過ごし方など。それがお互いの人となりを共有するには良い方法と考えたからだ。
そして私からの問い掛けにも段々と真摯に答えてくれるようになって行った。
3ヶ月くらい経った位からか、これでやっと同じ土俵で仕事が出来そうだと感じ始めた。
部下との距離を縮めるために
「最近、世間話とか雑談をすることが無くなりましたね!」
長年お付き合いのある社長が先日、オンライン会合で顔を合わせた際にこんなことを言い出した。
日頃、数字や結果に拘る社長としてはこの発言は珍しい。
「自分は出社しているけど、職場ががらーんとしていて、ちょっと寂しいね。仕事の進捗もさることながら、社員のみんなの顔が見えないのが…」
社長の少し恥ずかしそうな表情が印象に残った。
「元気なんだか、そうじゃないのか、困っていることは無いのか?朝、一言二言でも会話があると何となく分かるもの。それさえ無いと、全く状況が見えないね。」
コロナ下で出社制限をせざるを得ない状態が続いている。
通勤地獄からの解放、子育てや介護との両立、そして我が国の課題である「労働生産性の向上」などなど、オンラインによるリモートワークには多くのメリットがあることは自明である。
しかし、職場での雑談や世間話を「無駄!」と断罪するには余りあるような気がする。
雑談の効果
一見すると業務に直接の関係がない雑談だが、私の体験からすると様々な効果が見い出せる。
いくつか列挙してみると以下の通り。
- 雑談は、特に朝一番のものは、お互いの体調や気持ちのあり様を知る手掛かりになる
- 雑談は自分自身を話題にすることも多いので、その「人となり」や大事にしている事柄
- 関心事が垣間見れる
- 自分の話や関心事を聞いてもらえることにより、受け入れられて感や安心感が得られる
- 雑談を通じてお互いの仕事への取り組み姿勢や、抱えている業務の進捗度合いを知るヒントが得られる
まとめ・教訓
我々は仕事を遂行する職場では、業務や成果などの「コト」だけに焦点を当てがちである。
しかし、その業務を遂行するのは紛れもない「ヒト」である。
先ずは目の前の「ヒト」を知り、自分という「ヒト」を知ってもらうことで、物事がスムーズに進むように感じる。
毎朝のたかが5分程の雑談を軽んじること無かれ! 雑談は人間関係構築のための「武器」である。